file.07 鈴木 健士

file.07 鈴木健士

2015年より、コンサドーレはNPO法人さっぽろAMスポーツクラブと『グラスルーツ・アライアンス』と銘打った提携を結び、北海道における育成年代のスポーツ振興を目的とした様々な試みを行っている。その一環として、今年からコンサドーレにやってきたのが、昨年までアンフィニMAKI.FC U-15のコーチをしていた鈴木健士だ。
クラブハウスで話を聞いていると、あちこちから野次が飛ぶ。「大丈夫か~?」「全然メディア対応なってないな~。」「まったく、どこのユース出身だよ!」…うちです(笑)
中学生までアンフィニに所属していた鈴木は、「守備力が高く、身体的にもまだまだ成長に余力があるところに魅力を感じた。」と言う四方田監督の強い誘いを受け、同期の上原拓郎とともにコンサドーレ札幌U-18に加入した。
「周りが全員プロを目指しているという環境が新鮮で楽しかった。」という鈴木は、順調にチームにフィットし、2年生からCBとして試合に出続けていた。四方田監督は当時の印象をこう語る。「たけしは明るくてサッカーが好きで、練習も一生懸命やってたし、守備の固さは魅力だった。」しかし、あと一歩のところでトップ昇格はならなかった。
北海道を離れ、東洋大学に進学。プロへの夢を追い続けていたが、4年生になり「ふと終わりが見えてきたときに」指導者になりたいという想いが、突然自分の中に生まれた。強豪がひしめく関東の大学に身を置き、試合に出られない日々も経験する中で、北海道のレベルを痛感した。今まで自分のやってきたサッカーを伝えたい、北海道のサッカー界に還元したい。「そこはイコールだったので、東京に残って指導者になるという選択肢はありませんでした。」
すぐにコーチとして働かせて欲しいと連絡をしたのは、U-15まで所属していたアンフィニだった。…そこはコンサドーレじゃなかったんだね?「コンサドーレは1番強いから。そこに自分が入っても意味がないと思いました。アンフィニはある程度の位置にいて、上に食い込んでいく力も持っている。自分がやりたいのは、そういうクラブを強くして北海道サッカー全体の底上げを図ること。」意地悪な質問をぴしゃりと撥ね付ける、しっかりしたビジョンが返ってきた。さすが、うちのユース出身!
昨年はトレセンの指導もしていたため、四方田監督と一緒になる機会もあった。「たけしが指導者になるなんて想像も出来なかったけど、実際に見たら思ったよりも熱くて。声も出てるし。U-18のときにもこれだけ喋れたら良かったのにね(笑)」四方田監督の言葉を伝えると、「自分でも本当にそう思います(笑)みんなに言われます。気付くのが遅かったねって。」変わったのは指導者になったから?「いえ。大学の時ですね。1~2年の頃は全く試合に出られなかったので、何かアピールしなくちゃと思い、声を出したりするようになりました。その時にプレースタイルを変えたことが今に生きていると思います。本当に遅かったと思いますけど、なかなか環境的に追い込まれないと気付けないですよね…。」そんな苦い経験も、次の世代へ伝えて行きたい。
現在、自分ではあえて選ばなかったコンサドーレというクラブに籍を置き、何を思うのか。「正直まだ状況について行くのに精いっぱいで…。」ここで果たすべき役割は、まだ見えていない。そんな鈴木を近くで見ている川口監督は、「全員がプロを目指しながらもトップに昇格できるのは1人いるかどうかというU-18の選手たちにとって、同じ経験をしてきたたけしの言葉や行動は色んな意味ですごく響くと思う。僕も含めて指導者は日々勉強ですから、ここで何かを得てもらいたい。」と、エールを送る。
「自分が育てた選手にはここを目指して欲しいと思っているので、そのために必要なことを掴みたい。」いつかまた、ここから巣立っていく日まで。鈴木健士のコンサドーレでの2度目の挑戦は始まったばかりだ。
コンサドーレは今後も北海道とともに発展していくために、選手だけではなく、地域の指導者の育成にも力を入れていきます。北海道とともに世界へ、指導者も羽ばたいて行って欲しいですね。 (※この原稿は2016年6月4日のジェフ千葉戦のマッチデープログラムに掲載されたものの転載です。)

鈴木健士 SUZUKI Takeshi

アンフィニMAKI.FC U-12 → アンフィニMAKI.FC U-15 → コンサドーレ札幌U-18 → 東洋大学 → アンフィニMAKI.FC U-15コーチ → 北海道コンサドーレ札幌U-18コーチ