河合竜二選手引退試合

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河合竜二からのメッセージ

2018シーズン限りで現役を引退し、2019年2月からはコンサドーレ・リレーションズチーム・キャプテン(C.R.C.)としてフロントスタッフで働き始めた河合竜二です。

プロ生活22年間。日本代表にも入ったことのない自分が、ここまで長くサッカーをやれたのも、改めて周りの方々の支えがあったからこそだと思っています。

両親を始め、家族、友人、自分を支えてくれた方。少年団から中学、高校、浦和レッズ、 横浜F・マリノス、北海道コンサドーレ札幌在籍時の自分のサッカー人生に関わる全ての皆様に感謝します。

そしてファン、サポーターの皆様。
ホームはもちろん、遠くアウェーまでも多くのサポーターに駆けつけていただきありがとうございました。 皆んなの声援が力をくれました。時にはぶつかった事もあったけど、辛い時期もいつもどんな時だって全力で応援してくれる姿は最高でした!!
そんな皆さんと、自分の最後の試合を一緒に作り上げたいと考えました。

【Jクラブ史上初!!】
"自分で自分の引退試合をプロデュース!!"

8月10日(土)明治安田生命J1第22節、浦和レッズ戦の前座試合にて引退試合を行うことになりました。
チームメイトはこの特設サイトに載っている、これまで一緒に戦い、お世話になった方々です。今回都合がつかず来れなかった方、 やむを得ず呼ぶことができなっかた方もたくさんいましたが、そのような方々も含めて、自分のサッカー人生において大切な方ばかりです。 この仲間たちとまた試合ができるのはこの上ない幸せです。

対戦相手はアカデミーのU-14を選ばせていただきました。
超満員のドームの雰囲気、サポーターの熱気、元日本代表選手を含む名だたる選手のプレー、 すべてが今後の夢や目標になると思います。アカデミーの皆さんにとっても生涯記憶に残る試合になると信じています。

今回の引退試合でクラブに金銭的負担にならないように、みんなに応援してもらえるように、 アカデミーの育成にもなるように、クラウドファンディングを企画しました。 一日で目標達成することができました。本当に多くのご支援、ご協力ありがとうございました。

このような企画を実現させてくれるクラブはコンサドーレしかないかもしれません。 『札幌で終わりたい、札幌に戻って来たい』 そんな風に感じてくれる選手が増えたら、と考えたのが今回の引退試合をセルフプロデュースした理由の一つでもあります。

最後にご協賛企業様、ありがとうございました。
素晴らしいユニフォームになりました。
最後にこの赤黒のユニフォームを着てプレーできることを誇りに思います。

河合竜二

ありがとうございました

6月3日から始めたクラウドファンディングですが、1日で目標金額(200万円)を達成することができました。本当に感謝しています。

ここまで伸びたのも自分自身、驚いています。本当にありがたい気持ちでいっぱいです。

これからリターン品を気持ちを込めて用意し、お返ししていきたいと思います。

引退試合では、皆さんに最後のプレーを自分らしく見せたいですし、皆さんにも参加者として楽しんでいただけたらと思っています。

たくさんのご支援とご協力、本当にありがとうございます。

河合竜二

広報コラム

選手と広報の立場では、行動を共にすることも多く、様々な接点がある。私と河合選手との思い出を振り返ると、書き残したいことがたくさんある。

少し記憶をたどると、入社後初めて迎えたホームゲームで勝利し、チームがオフだったある日。誰もいないクラブハウスに河合選手が現れた。 アイシングするための氷を取りに来たという。私の顔を見るなり、「初戦、勝ちましたね」と声をかけてくれた。 私が入社した初戦、という認識を持っていてくれたことに驚き、「みんな、ナイスファイトでしたね」と返答した。 すると、「勝ち運、持ってますね。なんだかんだで、大事ですよ。大事」と、持論と思われる考えを話してくれた。

なかなか推進力が発揮できない試合のハーフタイム。消極的なプレーと映ったサポーターから、 ハーフタイムでロッカーに引き上げる選手たちにブーイングが起こった。ロッカーでは、 監督やコーチの指示の前に、興奮状態にある選手たちが思い思いに、勝つために、得点するために、失点しないために、様々な意見を交わす。 その中、河合選手は広報に「ブーイングをやめさせてほしい」と依頼してきたことがある。 その真剣さは、選手と意見を交わすものと同じ熱量だった。その時、私は河合選手はサポーターを選手同様、重要な存在と位置づけていると確信したものだ。

毎年1月、2月、チームは沖縄、熊本など遠く離れたキャンプ地へと新千歳空港から出発する。 チームに帯同したこともあれば、チーム帯同広報とは別に、チームを先回りして空港に入り、荷物の積み込み作業や軽食、チケットの受け取りなどを行い、 チームを待ち受けたこともある。その時は、河合選手から「このために来てくれたんですか?何時から来ているんですか?」 と問われ、入場口で「ありがとうございます。行ってきます」と言ってくれたことは忘れられない。

オフの期間、個人活動として、北海道はもちろん、東北や熊本など、被災地でのサッカー教室やトークイベントも積極的に実行してきた。 チーム活動と個人活動では様々なルールが異なるが、河合選手はそのたびに、出演に関する相談や情報共有を細かく行ってくれた。 イベント出演や取材協力を相談する際も、手帳を出してスケジュールを確認し、メモを取りながら接してくれた。 河合選手がフロントスタッフを仲間として見てくれていると強く感じた。

ピッチの外でも、河合選手は真剣だった。河合選手が大切にしてきた『今、目の前のことを全力で』という言葉通り、 いつも、誰に対しても全力で、真剣だった。だからこそ自分も選手に対し、全てにおいて真剣に、全力で取り組もうと必死になった。 そんな中、2018年12月に河合選手の契約が満了となることが分かった。河合選手がクラブハウスの一室で、サポーターへのメッセージを考えているとき、 私はその場に居合わせた。河合選手から現役を続けたい思いなど、今後について話し合う機会があった。 河合選手と年齢は1つ違い。お互い、年が近い子供を持つ親としても話した。そして、その場の最後は「最強のオヤジになりましょう」と結んだことを覚えている。

河合竜二さんと私は、それまでの選手と広報という関係から、CRCとしてフロントスタッフに就任したこの2月から“会社の同僚”になった。 これからも、目の前のことを全力で取り組む河合CRCから刺激を受けていくだろう。 最強のオヤジを目指す上で、河合CRCを見習い、訪れるであろう様々な真剣勝負のたびに、全力で立ち向かっていきたい。 厳しい球際で逃げずに、競り勝ってきた河合竜二のように。

コンサドーレ広報 田子大地

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